2018年10月30日火曜日

【報告】10月27日(土)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和」(兵庫県加古川市)

 ひとりひとりの兵士から見ると、戦争がどんなものであるか、分からない。単に、お前はあっちに行け、あの山を取れとしか言われないから。だから、自分がどういうことになって、戦わされているのか、分からない。 それで、戦争とはこういうもので、あなたはここに出動を命じられ、それで死んだんだということを、なぜ彼等は死ななければならなかったのか、その訳を明らかにしようとしたのです。
大岡昇平(太平洋戦争の天王山と言われたフィリピンのレイテ島の激戦「レイテ戦記」を書いたあとのNHKインタビュー

3.11のあと、ひとりひとりの市民から見ると、福島原発事故がどのようなものであるか、どうしたらよいのか、真実は分からない。「健康に直ちに影響はない」「国の定めた基準値以下だから心配ない」とかしか言われないのだから。だから、一体自分がどういう危険な状態にあるのか、どう対策を取ったらよいのか、本当のことは分からない。

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10月27日(土)、兵庫県加古川市で、特定非営利活動法人ワンハート主催の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会をやりました。


学習会には地元の市民・議員さんに、神崎郡市川町、神戸、大阪からも熱心な参加がありました。


以下、その動画と配布資料&プレゼン資料です。

動画
柳原敏夫の話(その1)


柳原敏夫の話(その2)・質疑応答


プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
 「戦争と平和--私にとってチェルノブイリ法日本版--

http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/181027presenKakogawaNisshin.pdf


配布資料(PDFは->こちら
NOでは足りない--3.11ショックに対抗する、もう1つの「あべこべ」は可能だ-」


1、3.11とな何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

2、3.11以後の気分
 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。

3、3.11以後の課題
 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。
第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。

4、3.11以後の現実
「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。

4-2、「自然と人間の関係」:原発事故とは何か?
・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)
・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))
・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)

4-3、「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――
子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。
 加害者が救済者のつらをして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。
 被害者は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害。
 密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる。

5、3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。
→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」

6、3.11以後の具体的課題「被ばくから命・健康と生活を守るための4つの市民アクション」
①.国内-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法日本版(原発事故避難の権利法)の制定
②.国際1-チェルノブイリ法に匹敵するチェルノブイリ法条約(原発事故避難の権利条約)の成立
③.国際2-(スペイン・アルゼンチンほか)で、日本政府の責任者を「人道上の罪」で刑事告発。
④.生活再建-市民の自主的相互扶助の自立組織=社会的経済・連帯経済(協同組合、市民バンク、ワーコレ、市民通貨)の創設

7、3.11以後の具体的課題はいかにして実現可能か
 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」
 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。
 そのために、私たちは「過去を再定義する」必要がある。私たちの先達が、過去の苦難の中で、いかにして、市民自身の力で自ら困難を克服していったかの歴史、記録を正しく認識する必要がある。
 その一例が以下の歴史。
 その一例が以下の歴史。
 1872年 江藤新平らが、民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。
 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動
 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動
 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト
 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 
 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。

8、次は我々の番だ。
2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の組織として、「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。
 次は日本各地で、YESというアクションを起す。
                                                (2018.10.27

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