2011年秋に、チェルノブイリ事故の調査のため、衆議院の議員団がチェルノブイリを訪問した報告書が
衆議院のHPに掲載されていますが、その中に、調査で手に入れた参考資料として、
『
チェルノブイリの長い影~チェルノブイリ核事故の健康被害』(2006年。Olha V. Horishna博士)
が、ネットで大きな話題になっています(
木下黄太のブログ 、
(資料)‥‥など)。
余りに話題になったせいか、現在(2013.1.5)アクセスできなくなっています。
とりあえず、全文の入手は-->
こちら から。
また、そのさわり部分だけ紹介します。
結論
1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故は、過去に無いレベルの大量の放射能を放出し何百万人もの人々に影響を与えた、史上最悪の科学技術災害となった。被害を受けた人々の中には、60万人動員されたとも言われる事故処理作業員や34万
人以上の永久避難者、事故現場の風下にあたる地域で危険にさらされながら生活している居住者たちも含まれる。これらの地域としては、アイルランドやス
ウェーデン、トルコ、フランス南部やルーマニア等、原発から遠く離れた国の人口密集地域も含まれている。当然のことながら、最も危険にさらされている人々
は、染色体異常や先天性障害に苦しむ元事故処理作業員とその子どもや孫たちであり、いまだに汚染された地域でいわゆる“低レベル”放射線の長期的影響を受
け続けている居住者たちである。
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チェルノブイリ原発事故の最大の損害は、大量かつ多種の放射性物質が放出されたことである ― ストロンチウム90、ジルコニウム95、ニオブ95、モリブデン99、ルテニウム106、テルル131 ・ 132、ヨウ素129 ・ 131 ・ 132 ・ 133、セシウム134 ・ 137、バリウム140、セリウム141
・ 144、ネプッニウム239.プルトニウム238 ・ 239 ・ 240、アメリシウム241、キュリウム242 ・ 244 などの超ウラン元素も相当な量が観測された。発散された放射性物質の全体量に対する放射性プルームの構成、つまり各放射性元素の割合は、数パーセント(プルトニウム)から概算30パーセント程度(放射性ヨウ素)と、それぞれに異なる。それぞれの核種の半減期についても、5~8日(不活性ガスとヨウ素131)から、2万4,110年(プルトニウム239)と、それぞれの核種によって大きく異なる。
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事故後、初期段階では、主な放射線は半減期の短いヨウ素131 ・ 132、テルル131 ・ 132などによるものだった。それらは特に甲状腺に影響を与え、こうした元素がこの初期段階において主に激しい照射をもたらした。現在そして当面の間は、基本的には半減期の長い元素、特にセシウム137(30年)、ストロンチウム90(100年)などからの被曝による。またプルトニウム239 ・ 240 も、前述の核種に比べ人体に取り込まれにくく危険の度合いは相対して低くはなるものの、長期的被害をもたらすものである。セシウム137とストロンチウム90からの照射による外部被曝および内部被曝の集積線量が、最も深刻な脅威となっている。
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放射性降下物による汚染が最も高濃度なのは、ベラルーシ南部、ウクライナ北部とロシアの南西地域である。これらの国の一部では、1480kBq/m2(40キュリー/km2)以上もの高濃度汚染が見られた。ウクライナだけでも、5万500平方キロメートルの土地、2、218の居住地(240万人以上もがかつて生活、もしくは現在も居住)が汚染された。
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チェルノブイリ事故後、放射能降下物はヨーロッパ内の半数以上もの国々で見られたが、汚染の度合いは深刻な3国に比べて低いものではあった。少量の放射性核種が北半球全般にわたり放出され、微量が日本やアメリカなどの遠方でも観測された。
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事故後、セシウム137による汚染は、ドイツ南部、オーストリア、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの一部で40.0kBq/m2を超えた(通常の20倍)。ヨーロッパの一部では100.0kBq/m2となるホットスポットも現れた。このため西ヨーロッパの一部の住民は、これまでも、そしてこれからも低レベルの放射線による長期的影響を受け、比較的高いリスクにさらされることとなる。
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チェルノブイリ事故による健康被害に関しては、曖昧な試算しか出されておらず、現在も論争となっている。唯一、議論の余地のない事実は、事故処理作業員、子ども、妊婦が最も影響を受けているということである。
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その他にほぼ統一見解とされているのは、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア南西部の子どもおよび大人の甲状腺ガンと内分泌系の病気が、事故後数日の広範囲に渡る放射性ヨウ素131放出を起因として、劇的に増加したことである。しかしながら、現在も何百万人もの人々が被曝し続けており、それ以外の全体的な健康への影響については、より一層不明確であり、更に深い研究が必要である。
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1992年~2000年の間、避難した子どもたちの間で新生物(腫瘍)の発症が65倍となり、甲状腺の悪性腫瘍については198フ年の60倍となった。WHOとその他の機関の各研究によると、ベラルーシの汚染地域内および周辺の子どもたちの間で、1993年までに甲状腺ガンは80倍に増加、1996年には90倍となった。同じ期間に、ウクライナ全土の子どもの甲状腺ガンは10倍となった。
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IAEA(国際原子力機関)および国際的な放射線医学研究グループの多くにとって、チェルノブイリ事故後10年間における急激な甲状腺ガンの増加は想定外であった。これは着目すべき点である。これらの研究機関では、コンピューターによる分析・計算と、広島・長崎の原爆被災者の研究例から、甲状腺ガンについてより低い数字を予測しており、しかも被曝から15~20年後までは発症しないものと考えていた。これらの機関は1990年代終わり頃まで、自分たちの予見を擁護し、甲状腺ガンの増加を否定し続けた。他にもIAEAによる最近のレポートではわずか4,000人
が追加でガンにより死亡するとの試算だったが、これも同様に誤った想定、機関側の偏見、限られた情報から導き出されたものだった。こうした想定は、今後長
期にわたる慎重かつ公正な、ハイリスクおよび比較的リスクの低い人々を対象にした研究によって書き換えられねばならない。
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内分泌系器官は、特に放射線の影響
を受けやすい。内分泌系疾病は、最も被害を受けた子どもたちの間で、ウクライナの子ども全体に比べて3倍の率で発生している。従って、汚染地域に住む子ど
もたちや避難した子ども等の特にハイリスクの人々は、更に慎重な調査を受けるに値する。もう一点大事なこととして、事故後に事故処理作業員や避難民の子ど
もとして生まれた、グループⅣのカテゴリーの子どもたちですら、ウクライナの同年代、同様の経済環境の子どもに比べ、2.7倍の確率で内分泌系の病気にかかっている。
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チェルノブイリ事故後何年もの間、
各国の学者たちは、被災者の間で白血病やリンパ腫の顕著な増加は見られないと言い張ってきた。こうした中、ベイラー医学スクールの専門家の監督のもと、ア
メリカ海軍カレッジの出資で行われた詳細な調査で、汚染地域であるジトームイル地方(ウクライナ)の子どもたちと、チェルノブイリ以前の段階で国内でガン
と白血病の発生率が最も高かったポルタヴア州の子どもたちとの比較が行われた。その調査によると、白血病の率は1987年以降、1996年にピークに達するまでの間ほぼ平行して増加した。しかしながら、新たに白血病と診断されたケースはジトムイール地方のほうが2倍多く、急性リンパ性白血病の新たな診断は男児の間では4倍となり、血液サンプルには明らかに被曝の遺伝子的影響が見られた。
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事故処理作業員や避難者、汚染地域に住み続けている人々の子どもとして生まれた者の間では、血液や造血器官の病気が増加した。この種の病気の疾病率は国内の他の地域の子どもの2.0~3.1倍となった。
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チェルノブイリ事故との関連性が最も強いと言われる問題のーつとして、低線量の放射能が妊婦や胎児の発達に与える影響があげられ、特に先天性欠陥の頻度や原因と関わっている。
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ウクライナの国立小児医療・産婦人
科機関の研究によると、たとえ低線量でも電離性放射能に汚染された地域に住む妊婦においては、胎盤への放射性元素の蓄積が見られた。別途、ウクライナとベ
ラルーシの研究によると、汚染地域に住んでいる女性においては、比較的汚染の少ない地域に比べ著しく高い率で流産や妊娠合併症、再生不能性貧血、早産など
が起こっている。(Petriva他およびHulchiy他の研究)
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何十年もの間、科学者たちは、たとえ微量であっても放射能は内分泌系への障害や先天性欠陥の発生に影響するということを認識していた。1996年および2002年、
ベラルーシとウクライナの科学者らが、被曝者の間で相当な内分泌系疾患の増加を確認している。イスラエルおよびウクライナに住む、元事故処理作業員の子ら
は、チェルノブイリ事故以前に生まれた兄弟姉妹に比べ7倍もの率で内分泌系障害を発症している。これだけ、その他の点において類似した対象者の間で、劇的
な相違が出てきていることについて、決定的な要因を証明することは科学者たちにとっても難しいことである。(Royal Society of Medicine(王立医学協会)、Weinberg、Stepanov他の研究)
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ウクライナ、ベラルーシ全土におい
て、チェルノブイリ事故後に先天的欠陥や深刻な障害が顕著に増加したことが、医療従事者たちにより報告されている。これらの障害は、口蓋裂、多指・欠指
症、欠肢や奇形、内臓の欠如や奇形、眼腫瘍、脊髄披裂、複数の先天性欠損を持つケース等々、手術で治療することのできない障害である。それらの報告のほと
んどは系統立ったものではないが、広く伝えられているとともに、信頼できる医療業界からの報告も含まれており、相当な研究資金を費やし更に精査することを
命ずるに足るものである。産科医や新生児科医によると、事故前にもこのような先天的障害が見られたが、それらはまれな例であり(5年
に1例程度)、チェルノブイリ事故後はこうした遺伝子的障害を持って生まれる新生児は毎年数例あり、特定のグループで発症していることから、母体の環境的
要因(被曝)との結びつきが大いに考えられる。ウクライナ北部など、産業に乏しく、農民も殺虫剤を購入する余裕が無く有機農法に頼っている地域では、遺伝
子的変異を放射能の影響以外の理由と結びつけようとしても説明がつきにくい。ウクライナおよびベラルーシでは、きちんとした先天異常の記録がないが、別途Yukio Satoh他(1994年)およびUAPBD(2004年)による多数の新生児を対象にした研究によると、通常では非常にまれであるはずの先天性欠損症が多く見られており、通常であれば、更に多数を対象にした調査でさえ、これだけの発症数は見られないはずである。
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チェルノブイリ事故の被害者(生存
者)の子供たちにおいては、管状骨や歯胚などの器官にアルフア粒子や放射性核種が蓄積したホットスポットが見られた。近年では、高い放射線の地域に住む母
親たちの死産児において、骨細胞へのアルフア放射性核種の蓄積量が何倍にも増加している。
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セシウム137とストロンチウム90は、
それぞれカリウムとカルシウムに非常に似た働きをし、骨細胞に吸収されやすい。研究者たちは脊髄の先天的奇形など発育不全の子供たちを広く調査する必要が
あり、こうした成長の異常はウクライナやベラルーシの孤児、特に事故後数年のうちに生まれた子供たちの間に多く見られる。(雑誌TIME1994年4月18日号;アカデミー賞受賞ドキュメンタリー映画「チェルノブイリ・ハート」より)チェルノブイリ地方では、1950年代核実験後のマーシャル諸島共和国と同様に“クラゲベビー”と呼ばれる骨格の無い赤ん坊が死産として生まれるケースが、医師らにより記録されている。
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幼い頃の被曝が、ウクライナとベラルーシの女児の(将来の)生殖機能の健康に悪影響を与えてきた。14年間に及ぶ産科患者の記録により、ウクライナの小児科・産婦人科機関では、被曝した地域では通常の妊娠がわずか25.8%であった。つまり、75%近くもの妊婦が妊娠合併症を煩っている。一方で汚染の無い地域の妊婦は、2.5倍の率で問題なく健全な妊娠期を過ごしている。被曝した妊婦のうち33%が、初期もしくは二次性の欠乳症(授乳期における母乳量の減少)を経験している。
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子供の頃に甲状腺ガンの手術を受けた妊婦の健康に関しては、通常の妊婦の研究に加え、特に厳粛なる調査をする必要がある。甲状腺ホルモンの代替として投与する薬について、長期連用した際の胎児への影響についても、これまで真剣に研究がなされていない。
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小児科医たちは、被曝地域の子供たちの骨および筋細胞における疾患の著しい増加を指摘している。汚染されていない地域の子供たちと比べて5倍骨折が頻発している。また、筋力や運動能力の障害は、ウクライナ国内の非汚染地域の3.3倍にもなる。
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子供の頃に被曝した女性は、しばし
ば骨細胞の異常や早期喪失、歯の退化、およびホルモン系の発達やミネラルの代謝において急激な変化を経験することがしばしばある。こうした症状は胎児の成
長に悪影響をもたらすことが多い。彼女たちが出産した際は、障害児の生まれる確率が非汚染地域と比べて高い。
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汚染地域に住む子供たちに、特定のミネラルの欠乏が見られた。これは、代謝の様々な過程において悪影響を及ぼし、病気の要因をつくることがある。
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子どもの発達に関する複数の臨床研
究によると、汚染地域出身の母親から生まれた子供たちは、比較的汚染の少ない地域の子どもたちに比べ、一般的に運動能力の発達の遅れ、より深刻な注意力障
害、記憶力の貧困、より低い反射能力およびその他の神経系の働きの脆弱さが見られ、身体機能的な成熟は、他の子どもたちに比べて遅れがちである。
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事故処理作業員とその子どもたちの身体細胞における染色体変異はより程度が激しいことが、複数の研究データにより示されている。こうした放射能による染色体異常は、腫瘍の発生リスクや発ガン性を高める。
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母胎で激しく被曝した子どもたちには免疫不全が見られ、特に9~10歳の時に症状が見られた。
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高い放射線量の地域に住む子どもたちには、染色体異常を誘発する症状が見られている。
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低線量の電離放射線がDNA細胞の変質(分裂と再編成)を誘発する。こうした異常なDNA変異は細胞核でも起こりうるもので、それは細胞破壊をまねく。
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動物実験での発見であるが、体細胞
突然変異および胚死亡は徐々に増加していき、さらには世代を経るごとに倍増し加速していく。こうした実験結果により、人間においても、チェルノブイリ事故
の影響が世代を経るに従って激しくなると想定できる。今や私たちは、「チェルノブイリ事故の孫世代」という新たな世代の出現を目の当たりにしており、この
世代は、染色体異常や免疫不全、その他放射線被曝のいまだ解明しきれない生命や健康への脅威という迷惑な“遺産”を受け継いだ子孫たちなのである。
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汚染地域に住む子どもたちの数々の身体的障害の内訳は、比較的汚染の少ない地域の子どもたちとは異なっている。リンパ系および骨髄のガン、中枢神経や呼吸器系の病気がより頻発し、一方で非汚染地域では、精神異常や行動異常、神経系の病気が起こりやすくなっている。
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チェルノブイリ事故後のウクライナ、ベラルーシ、ロシアの死亡率を算出するにあたっては、多くの要因が関わってきており、現時点で結論的に放射線被曝と増加した死亡率を単純に結びつけることはできない。ただ、チェルノブイリの事故処理作業員たちは当時まだ若く、多くが20代で、身体的に最適のコンディションである兵士や消防士であったが、彼らの死亡率のパターンについては、調査する必要がある。こうした元事故処理作業員たちが40代で多数死亡するということは想定しがたい。しかしながら、事故後20年の問、彼らの死亡率は一般のウクライナの労働人口に対し2.7倍
以上もの数字となっている。これは、広く公表されていないことだが、元事故処理作業員の各年齢層における死亡率は、常に同年代の一般人よりも高くなってい
る。また、ソ連時代終盤には、医師らは死因または死に至る要因として、放射能被曝と診断することは禁止されていた。更には、全身被曝量と内部被曝量につい
てごまかすよう、医師らに命令が下っていた。現時点の試算では、事故処理作業員の死亡率は2010年までに21.7%にも達しうるとされている。
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チェルノブイリ原発事故で最も被害を受けたベラルーシとウクライナ2国が、ヨーロッパで唯一1990年台に著しい人口減となっており、国連の当該担当部署は人口統計上の明らかな急減について、懸念を表明している。(ウクライナの人口は1991年から2001年の間に5、200万人から4、830万
人に減少)市場自由化という「ショック療法」的な経済の変化や社会的ストレスを原因のーつと考えることもできるが、その場合は同様の社会的変化を経験した
他の東ヨーロッパ諸国でも、同じようなことが起こるはずである。戦争、飢饉や疫病、海外移住も無い状況下でこのような急激な減少があるということは、憂慮
に足るものであり、少なくともチェルノブイリ事故の放射能被曝を重大な要因として排除することはできない。
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ウクライナでは、チェルノブイリ事故の被害者の間で病気が多発し、ウクライナ国民一般における病気の流行よりも顕著に多い。汚染地域の疾病率は、比較的汚染の少ない地域と比べて2.6倍となっている。汚染地域での半年ごとの病気の増加率(新たな診断)は10%であり、比較的汚染されていない地域では0.39%となる。
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放射能汚染地域での疾病率の増加、
新たな病気の発生について、人間は短期間での急激な放射線の変化に身体が順応しきれないものであり、様々な要因が重なって起こっている。汚染地域に住む子
どもや青年、若者の健康に限って見ると、急激に様々な器官の機能不全が起こり、一般的な治癒までの期間とは異なり長期にわたる慢性疾患となるうえ、通常の
治療法が効きにくくなる。
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事故直後、子どもの間で特定の病気が増加したが、それは段階ごとに特定の性質を持つ免疫機能不全に関わるものであった。低線量被曝によって染色体異常や病気の誘因が存在する状況下で、免疫力の低下は特に危険である。
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臨床医たちは、異常に高い率での腫瘍(良性および悪性)の発生を観測している。ある一定量の放射線を浴びた子どもたちに、新たなガン腫瘍の形成が見られた。 1992年から2000年の問に、避難した子どもたちの新たなガン疾病は65倍に増加。甲状腺の悪性腫瘍は1987年に比べ60倍に増加している。
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染色体組成は、放射線被曝に危険な
までに非常に敏感であることが判明した。チェルノブイリの子どもたちの染色体に関わる病気の発生率は、ウクライナ子ども全体の3倍も高い。この点で最もリ
スクの高いグループは、汚染地域に住む子どもと避難した子どもたちである。これらの子どもたちにおいては、染色体の損傷マーカーが国全体の子どもたちの
ケースと比べて非常に多い。事故処理作業員や避難民、汚染地域に住む親たちから生まれた子供でさえも、通常より2.7倍の率で染色体疾患を患うということも、注目すべき点である。従って、こうした染色体への損傷が遺伝して、次世代にも受け継がれることがわかる。
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事故処理作業員の子ども、避難者および汚染地域住民の子どもの間では、造血系器官の病気が増加し、ウクライナ国内の住民一般と比べると2~3倍の発症となっている。
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低線量の被曝が集積すると、人体の健康に大いなる危険を及ぼす。
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チェルノブイリ事故直後、最も差し
迫った問題は低線量被曝が妊婦を通じて胎内の子どもの生命にどのように関わり、予宮内での胎児の発達や先天性異常の発生率にどう影響していくかという点で
あった。電離性放射性物質の低レベル被曝を受ける地域に住む妊婦の胎盤には、事故後継続して放射性物質の蓄積が見られている。これは、妊娠中の様々な疾病
につながる。西洋の保健専門家の監督のもと、ベラルーシとウクライナで行われた研究では、汚染地域の妊婦は通常の線量の地域の妊婦に比べ、非常に高い率で
妊娠合併症を発症している。
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ウクライナの子どもの骨細胞と乳歯にはアルフア放射性核種やホットパーティクル(ウランを含む超高放射性微粒子)がまだらに蓄積している様子が見られる。近年では、汚染地域の母親から生まれた死産児の骨細胞中にアルフア粒子と放射性核種が増加している。
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女児の被曝は、将来の生殖能力に悪影響を及ぼす。子どもの頃被曝した女性においては妊娠率が25.8%と非常に低く、非汚染地域の女性(64.5%)の2.5倍低いことになる。
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チェルノブイリ事故後の20年間、ウクライナの労働人口の死亡率と比べ、事故処理作業員の死亡率は2.7倍の率である。近年の元事故処理作業員の死亡率を見ると、国内の似た条件の人口と対比すると、統計的に非常に高い率となっている。このままの率が続くと、2010年までに21.7%の死亡率に達することが、人口統計学者たちにより予想されている。
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被害を受けた人びとの疾病率、死亡率、障害、生活の質に関する諸データは、チェルノブイリ・フォーラム(2005年9月)による、事故後の被害についての楽観的評価には、合致しないものである。
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チェルノブイリ・フォーラムにおける健康被害に関する発表は、客観的なものではなく、事故の健康への影響について国際社会で共有されている情報のうち、恣意的で不完全な情報をまとめたものである。
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チェルノブイリ・フォーラムの保健
の専門家たちが指摘した精神障害は、充分な根拠に乏しいものである。というのも、チェルノブイリ事故を発端とする最も深刻な健康被害は、人々がパニックに
陥ったことによる精神障害ではなく、放射線被曝がもたらす実際的な健康被害についての憂慮であり、また、放射能降下によって影響を受けた地域では実際に放
射能によってもたらされた体調不良に対しての精神的負担なのである。国際的に著名な精神科医のDr. Simeon GluzmanとDr. Evelyn Bromet(ニューヨーク・ステート大学ストーニーブルック校)によるチェルノブイリの家庭を対象にした心理学的研究によると、ごく一般的に身体的疾患がもととなって患う心労やうつ状態と同様の症状が観察された。
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ICRP(国際放射線防護委員会)やその他の機関が設定した放射線のリスクに関する指標では、放射線被曝による健康への被害や影響について、実態を予測することができない。ICRPが
ベラルーシとウクライナの子供や大人の間での甲状腺がんの急激な増加を予測できなかったことからも、その指標に欠陥があることが露呈されたのである。数学
的指標は、実際に危険にさらされている人びとを慎重に検査した厳密な臨床研究に取って代わることはできない。そういった臨床研究は、特定の種類のガンや一
種の器官のみを対象とするのもではなく、様々な健康被害の可能性を考慮に入れた統合的なアプローチをとるべきである。IAEAやICRPの
とっている立場は誤っているだけでなく、チェルノブイリ事故の被害者の健康被害を軽減しうる様々な対策やスクリーニングの価値や効果を否定している点で、
危険なものである。更には、各国から放射線の影響、その防御・治療の技術の可能性について示唆に富んだ、重要な識見を与えてくれるような研究結果が出され
ているが、IAEAやICRPはこういった
有益な諸研究を無視しているのである。たとえば、最近まで原子力エネルギーに頼ってきた国々は、原子炉からある一定の距離の地域にヨウ化カリウムを備蓄し
てこなかった。それはIAEAや他の機関が地元の保健担当者に被曝の健康被害は微々たるものと保証し、こうした対応は逆に住民の不安を不必要にあおるもの
だと説明してきたからである。チェルノブイリ事故を受け、ポーランドのように、的確な予防措置を取り、放射性要素からの被曝を防ぐ薬剤としてヨウ化カリウ
ムを配布した国々では、ほんの少数の子供たちしか甲状腺ガンにかからなかった。一方で、そういった対策を取らなかったベラルーシやウクライナでは、何千人
もの子供たちが甲状腺ガンにかかったのである。
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国際社会は、原子力エネルギーの開発に伴い、透明で信用できる公共安全管理と監視システムが備えられることを、保証される必要がある。チェルノブイリ事故の被害にあったヨーロッパ中の国々が、こうしたシステムが欠如していたということを証明しているのである。
提言
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「チェルノブイリ・フォーラム」の2005年
レポートでは、チェルノブイリ原発事故の放射線被害、環境、医学的および社会経済的な影響について結論を出しているが、本書で紹介している他の研究者たち
による調査結果やその他の取りまとめ等で記録された健康被害を考慮しておらず、不適当なものとして取り扱われるべきである。
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「チェルノブイリ・フォーラム2005」
の結論はあてにならないものであり、特に最も被害のあった3国(ウクライナ、ベラルーシ、ロシア)の住民や科学者にとっては信用されていない。従って、国
連やその他の国際機関は、独立した専門家調査団を設立し、被災地域の人々の健康や生活環境への事故の影響について現実的でしっかりとした根拠のある分析を
すべきである。
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放射能の危険について、新たなモデ
ルを設定すること。それは、あらゆるレベルの放射能汚染について科学的見地から予見し説明することができるような充分なデータを全て考慮したものであるこ
と。「予防原則」を適用しつつ、放射線による健康リスクについて全ての科学的データをもとにした詳細で独立した評価・査定をまとめること。
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事故の被害にあった国々の政府との連携のもと、国連、WHO、ICRP、IAEAおよびチャリティーや国際社会は、同事故の放射能汚染、医学・社会・経済的な影響を克服するための研究やブログラムに対し、継続して資金を提供できるようにすること。
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出産適齢期の女性、妊婦、子どもに対しては、優先的に健康被害から守る措置を受けさせることとする。
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国連、WHOにおいて適確な情報を扱う部局を設置すること。またIAEAとICRPお
よび各政府等が事務的機関を通じて、放射線がもたらしうる健康被害の可能性と、その可能性を最小限にとどめるための適確な情報を、被災住民および国際社会
に提供すること。こうした取り組みは、生命と健康を守るため信頼できる情報を受けるという基本的人権を擁護しつつ、展開されなければならない。
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国連、欧州議会並びに全ての国家の
政府は、新たに代替エネルギー技術開発を追求するための最優先事項を確立すべきである。これらの機関、政府は、化石燃料や長期残存する核廃棄物を大量に発
生させる方法に頼らない電気エネルギーの新たな時代を築くための取り組みを、更に倍増する必要がある。
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放射能汚染には国境は関係無い。環境汚染、食品の汚染、上下水汚染を通して国を超えて何百万人もの人々の生活が影響を受ける。従って、全ての関心ある国際団体のための、独立した国際的な放射線防護評議会を設けることを提案する。