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2017年10月19日木曜日

経過観察問題(2):福島県は、《求釈明の対象を福島県立医大付属病院における症例に限定した場合であっても、被告福島県において本訴訟における求釈明に対する対応として調査し、明らかにする余地はない。》と答弁(2017年10月18日子ども脱被ばく裁判)

経過観察問題(その):福島県は、《『経過観察』中に『悪性ないし悪性疑い』が発見された症例の数は把握していない》と答弁201子ども脱被ばく裁判)->こちら
経過観察問題(その):福島県は、《福島県に県民健康調査の甲状腺検査で「経過観察」となった2523人の子どものうち「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例数を明らかにする義務もなければ、症例数を把握する鈴木眞一教授らの研究プロジェクトとも関わりはない》と答弁(2018年1月22日子ども脱被ばく裁判) ->こちら関連記事184人以外にも未公表の甲状腺がん〜事故当時4歳も」(Ourplanet-TV 2017.3.20)
               「存在していた!福島医科大甲状腺がんデータベース(Ourplanet-TV 2017.8.30)

福島県は、《求釈明の対象を福島県立医大付属病院における症例に限定した場合であっても、被告福島県において本訴訟における求釈明に対する対応として調査し、明らかにする余地はない。答弁20110月1子ども脱被ばく裁判)

1、今年3月末、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」の会見(→会見動画)で、福島県は県民健康調査の甲状腺検査の二次検査()で「経過観察」とされた子ども(単純合計で)2523人は、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その数を公表していなかった事実、つまり福島県が公表した190人(今年3月末時点)の患者以外にも未公表の患者がいることが明らかになり、本年5月24日、子ども脱被ばく裁判で、この問題取り上げ、被告福島県が未公表の数を明らかにするよう求める書面を提出しました。->こちら
 
二次検査:超音波による一次検査でのう胞 20.1mm以上結節 5.1mm以上の判定だった子どもを対象に行なう、詳細な超音波検査、血液検査などの精密検査(福島県による甲状腺検査の仕組み->こちらを参照)。

2、
この開示の要求に対し、本年8月8日の裁判で、被告福島県は、
『経過観察』中に『悪性ないし悪性疑い』が発見された症例の数は把握していない。

と回答してきました。被告福島県の回答の書面は->こちら

3、
の福島県の回答に対し、8月8日の裁判に先立って開かれた事前協議の場で、原告代理人(柳原)から、
症例の数の把握について、被告福島県はこれを把握する義務があると考えているのか?

 と尋ねたところ、被告福島県の代理人は、 

把握する義務はないと考えている。 
 と回答した
 ところが、そのすぐあとの公開法廷の弁論の場で、原告代理人が再び同じ質問をすると、今度は被告福島県の代理人は、先ほどの回答とは異なり、
把握する義務とは何を根拠とするのか明らかにしてほしい。その上で回答する
回答を留保してきました。

4、この福島県の回答保留の返信に対し、本年10月18日の裁判で、原告より、被告福島県に「症例の数を把握する義務がある」、その根拠を明らかにする書面を提出しました。

その準備の過程で、福島県(正確には福島県立医大)は既に、県民健康調査の甲状腺検査に基づいて、「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例のデータベースを作成し、上記の未公表の症例のデータも保存・管理していることを明らかにした報告(白石草さんの「見えない『小児甲状腺がん研究』の実態に迫る」)が、雑誌「科学」本年9月号に掲載されたことを知り、この症例データベースの存在を前提にして、未公表の症例数の公表を被告福島県に求める主張を全面に取り上げました。
以下が、その主張を裁判で陳述した要旨と裁判所に提出した書面です。
 

なお、上記報告書のベースとなった福島県立医大の2つの研究計画書と研究成果報告書
->研究計画書小児甲状腺がんの分子生物学的特性の解明」  
   研究計画書②「若年者甲状腺がん発症関連遺伝子群の同定と発症機序の解明
   研究成果報告書小児甲状腺がんの分子生物学的特性の解明

5、こ原告の提出書面に対し、10月18日の裁判で、被告福島県から、
被告福島県と福島県立医大は別法人なのに、原告の準備書面43は両者の関係が明確でない。 

と指摘が出なされたので、原告1ヶ月以内に、この点を明確にすることを約束。 
要するに、
福島県立医大内でやられていること(症例データベースや組織バンクの作成など)で、どうして別法人の福島県が責任追及されなければならないのか、その理由を明らかにしろ、という質問です。
6、一方、被告福島県は、前回月の裁判で、原告代理人(井戸)
甲状腺検査で「経過観察」となった子どものうち、他の病院はともかく、せめて福島県立医大付属病院で「悪性ないし悪性疑い」が発見された数だけで明らかにして欲しい、
と釈明したのに対し、
求釈明の対象を福島県立医大付属病院における症例に限定した場合であっても、被告福島県において本訴訟における求釈明に対する対応として調査し、明らかにする余地はない。》(3頁第5)
末尾の回答書(準備書面(1)頁。黄色の線で表示を提
 
 これに対し、当日の裁判で、原告代理人(井戸)より、この回答の意味が分からない、説明してほしいと求めたところ、 被告福島県の代理人はその問いには答えず、
原告から、福島県と福島県立医大の関係についての主張が出たら、この点も次回までに回答する。
と答えるのみでした。これは、自ら主張しておきながら、その意味を質問されたら、「原告の回答を聞いてから答える」というもので、その無責任な対応には呆れ返るほかない。

     ***************

  陳述した要旨:原告準備書面(43)――いわゆる経過観問題(続き)について――

 本書面は、前々回の裁判で提出した「いわゆる経過観察問題について」の原告準備書面に対し、前回の裁判に、被告福島県から提出された反論書面等に対して、今回、原告からさらに再反論し、再度求釈明を求めたものである。


第1、「悪性ないし悪性疑い」の症例に対する被告福島県の把握の現状について


 雑誌「科学」の本年9月号に掲載の白石草氏の「見えない『小児甲状腺がん研究』の実態に迫る」の論文は、2013年12月頃から、福島県立医大の鈴木眞一教授を研究責任者として、山下俊一長崎大学副学長率いる長崎大学と連携しながら、福島県内の18歳以下の小児甲状腺がん患者の症例データベースを構築し、この小児甲状腺がん患者の手術サンプルとそのサンプルから抽出したゲノムDNAcDNAを長期にわたって保管・管理する「組織バンク」を整備する研究プロジェクトがスタートしたことを2つの研究計画書と研究成果報告書等に基づき明らかにしたものであり、本書面はこの論文で明らかにされた「悪性ないし悪性疑い」の症例に対する被告福島県の把握の現状について述べるものである。

1、本研究プロジェクトの社会的使命

 研究計画書
は、この研究プロジェクトの社会的使命についてこう述べる。
我々が福島県内で発生した小児甲状腺癌の DATA 集積を行い、その分子生物学的特性を明らかにすることは、低線量被ばくの健康への影響の有無を知る上で、きわめて重要な知見となる。こうした患児の長期的な経過観察を行ない、その手術サンプルから、得られる ゲノム DNA等を一元的に保管・管理するシステムの構築し、情報を発信することは我々の社会的な使命と考えている

2、本研究プロジェクトの目的
 その上で、研究計画書はこの研究プロジェクトの2つの目的を次の通り掲げる。
第1は、小児甲状腺腫瘍の組織バンクを構築すること。第2は、小児甲状腺超音波検診で発見される甲状腺癌の分子生物学的特性を明らかにすること。

3、本組織バンクの対象者の選定

 以上の、福島県内で発生した小児甲状腺癌の DATA 集積のために、手術サンプルから得られるゲノム DNA等を一元的に保管・管理するシステムを構築するため、研究計画書は、この組織バンクの対象となる対象者は、第1に福島県立医大に限らず、第2に他の協力施設で手術を行なった甲状腺癌患者のうち同意を得られたものとし、第3に、さらに、もし従来の協力施設以外の施設で甲状腺癌患者の手術が行なわれる場合には、その施設も新たな協力施設として追加申請して当該患者も対象者に含むこととして、福島県立医大が可能な限り、福島県内で発生した全ての小児甲状腺癌のDATA 集積を行なう体制を作ることを明らかにした。

4、一元的に管理する症例データベースの構築

 福島県立医大により、この組織バンクの一元的な管理システムを実現することは、言うまでもなく、18歳以下の甲状腺癌患者の症例データベースも福島県立医大により一元的な管理システムとして構築することを意味する。これが事実であることは、研究成果報告書が《瘍径、年齢、リンパ節転移の有無、病理組織学的所見などの情報を一元的に管理するデータベースを構築した。》(4枚目左段9~15行目)と明らかにしている。

 従って、福島県立医大は、福島県内で発生した18歳以下の甲状腺癌患者の情報を一元的に管理する本症例データベースを構築しており、それゆえ、福島県は、福島県内で発生した18歳以下の甲状腺癌の「悪性ないし悪性疑い」の症例について、福島県立医大のみならず協力施設または協力施設以外の施設で手術した甲状腺癌患者の情報も把握しており、その際、「二次検査では経過観察となり、診療中で甲状腺がんが診断された」場合は除くといった例外を設けておらず、「経過観察」中に「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例の数も把握しており、言うまでもなく、これらの《情報を発信することは、研究計画書で宣言した通り、福島県立医大の無条件の社会的な使命である

 
以上より、前回期日における、《被告福島県は、「『経過観察』中に『悪性ないし悪性疑い』が発見された症例の数は把握していない。》という被告福島県の主張は撤回すべきである。


第2、症例数を把握する被告福島県の義務について


 被告福島県は、『経過観察』中に『悪性ないし悪性疑い』が発見された症例数を把握する義務を負うかという論点について、原告は被告福島県には上記症例数を把握する義務があると考える
 
これは、いわゆる不作為による不法行為における作為義務発生の実質的根拠を明らかにすることにより導かれる。この問題を正面から論じた論文が橋本佳幸京大教授「責任法の多元的構造」であり、それによれば、作為義務発生の実質的な理由は次の2点にある。

1、支配領域の基準

 これは例えば、保育所で保育中の乳児が体調不良を起した時、保育所の保育士等の監護者は、自己の支配領域内に存する乳児の身体の侵害に関して、必要な救護・救助措置を講じてこれを阻止する作為義務が発生する場合である

 
福島県の子どもを対象とした甲状腺検査は、甲状腺癌の症例数など低線量被ばくの健康への影響の有無を判断する上できわめて重要な情報を提供するものである。この情報は甲状腺検査を主催する被告福島県が保有しており被告福島県の支配領域内にあるため、第三者の国、他の自治体、民間の医療機関が被告福島県に代わって、この情報を提供し放射能から福島県の子どもらの健康を守ることは不可能である。言うまでもなく、福島県の子どもらとその保護者も自ら、この情報を取得し放射能から子どもらの健康を守ることも不可能である。


従って、第三者や福島県の子どもらに代わって福島県の子どもらの健康を確保するように要請されるのは甲状腺検査を主催し、情報を管理支配する被告福島県である。すなわち被告福島県は放射能により福島県の子どもらの健康が侵害されないように、自己の事実的支配を行使して甲状腺癌の症例数などの情報を福島県の子どもらと保護者に提供すべき作為義務を負うものである。

2、先行行為の基準

 これは例えばそれ自体として危険な物・場所が原因となって他者の身体を侵害する危険性のある事故が発生した場合、当該物・場所の管理者は必要な管理措置(とりわけ監視・隔離措置)を講じて身体への侵害を阻止する作為義務が発生する場合である。


本来、県民健康調査を行なう第一の責任は国にある。なぜなら、国は原子力発電所建設を国策として率先して推進してきた者である以上、福島原発事故の発生に対して被災地住民の保護を引き受ける責任があり、それゆえ、国はこの自己の先行行為に対する責任として、被災地の住民の健康被害に対しても《原因の明らかでない公衆衛生上重大な危害が生じ、又は生じるおそれがある緊急の事態に対処すること》(厚生労働省設置法4条1項4号)を職務とする厚生労働省が実施主体となって県民健康調査を行なうという作為義務があるのは当然であり、さらに、県民健康調査の中で判明した情報を福島県の子どもらと保護者に提供すべき作為義務を負うのも当然である。

 それゆえ、現在、被告福島県が実施中の県民健康調査は、福島県内で発生した原発事故に対して「住民の福祉の増進を図る」(地方自治法1条の2第1項)ことを存立の基本とし、なおかつ福島第一原子力発電所の建設に同意した福島県がその責任を果すために実施しているものであるが、同時に、この県民健康調査は、先行行為に基づき県民健康調査を行なう作為義務を負う国からの委託に基づいて被告福島県により実施されているという性格も併せ持つものである。

 そうだとすれば、被告福島県は、福島県の子どもらと保護者に提供すべき作為義務を負う国からの委託に基づいて、県民健康調査の中で判明した甲状腺癌の症例数などの情報を提供すべき作為義務を果す必要があるのは当然である。この義務はまた、福島原発事故に対して法律的にも、また大人と異なり道義的にも一点の責任もない福島県の子どもたちが、原発事故発生に対して、己の生命、身体が侵害されないように、侵害防止に必要な情報を原発事故発生をもたらした者たち(東京電力株式会社、国、福島県など)に対し提供を求める権利、すなわち知る権利を有していることに対応する当然の責務である。

 以上より、被告福島県に、「経過観察」となった2523人の子どものうち「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例数を把握する義務があることが明らかであり、すみやかにこの義務を果すべきである。 
以 上        

      ***************

平成26年(行ウ)第8号ほか

原告  原告1-1ほか

被告  国ほか

準備書面()

――いわゆる経過観察問題(続き)について――

2017年10 6

福島地方裁判所民事部 御中        



原告ら訴訟代理人   柳 原  敏 夫

ほか18名  

本書面は、原告準備書面(33)――いわゆる経過観察問題について――に対する被告福島県の回答である準備書面(10)及び前回期日のやり取りを踏まえた原告主張及び再度の求釈明である。

目 次






 本年9月1日発売の雑誌「科学」9月号掲載の白石草「見えない『小児甲状腺がん研究』の実態に迫る」(甲C72。以下、本論考という)は、被告福島県の甲状腺検査がスタートして2年経過した2013年12月頃から、福島県立医大甲状腺内分泌学講座の主任教授鈴木眞一を研究責任者として、山下俊一長崎大学副学長率いる長崎大学と連携しながら、福島県内の18歳以下の小児甲状腺がん患者の症例データベースを構築し、同がん患者の手術サンプル及び同サンプルから抽出したゲノムDNAcDNAを長期にわたって保管・管理する「組織バンク」を整備する研究プロジェクト(以下、本研究プロジェクトという)がスタートしたことを本研究プロジェクトを記載した2つの研究計画書[1](甲C73~74)や研究成果報告書[2](甲C75)等に基づき、明らかにした。
 以下、本論考で明らかにされた「悪性ないし悪性疑い」の症例に対する被告福島県の把握の現状について述べる。

2、本研究プロジェクトの社会的使命、目的及び対象者の選定
(1)
、本研究プロジェクトの社会的使命

 研究計画書(甲C73の2。以下、本研究計画書という)によると、本研究プロジェクトの社会的使命について次のように述べている。
《我々が福島県内で発生した小児甲状腺癌の DATA 集積を行い、その分子生物学的特性を明らかにすることは、低線量被ばくの健康への影響の有無を知る上で、きわめて重要な知見となる。こうした患児の長期的な経過観察を行ない、その手術サンプルから、得られる genomic DNA および cDNA 等を一元的に保管・管理するシステムの構築し、情報を発信することは我々の社会的な使命と考えている》(5頁「7 研究の背景及び目的」18~22行目)。

(2)、本研究プロジェクトの目的
その上で、本研究計画書は本研究プロジェクトの2つの目的を次の通り掲げる。
《本研究では、小児甲状腺腫瘍の組織バンクを構築する。小児甲状腺超音波検診で発見される甲状腺癌の分子生物学的特性を明らかにすることを目的とする。》(同上23~24行目)
 この2つの目的について、研究成果報告書(甲C75。以下、本研究成果報告書という)では、次のように報告されている。
《本研究では、①小児甲状腺腫瘍の組織バンクを構築する。小児甲状腺超音波健診で発見される甲状腺癌の分子生物学的特性を明らかにすることを目的とする。
①手術標本の管理保存体制の確立
甲状腺超音波健診を中心とした、福島県内の小児に対する健康管理調査は、長期にわたって継続されるものである。したがって、今後、発見される可能性のある小児甲状腺癌の手術標本から、genomic DNA, cDNA, 新鮮凍結標本を保管・管理することは、必要不可欠である。
②遺伝子変異の解析
(以下、略)‥‥  》(2枚目右段下から9行目~3枚目右段1行目)

 以上の記述から明らかなことは、未曾有の原発事故による未曾有の健康被害の発生という重要課題に直面して、福島県立医大の鈴木眞一教授らは《我々が福島県内で発生した小児甲状腺癌の DATA 集積を行い、その分子生物学的特性を明らかにすることは、低線量被ばくの健康への影響の有無を知る上で、きわめて重要な知見となる》という自覚に立ち、そのDATA 集積のためには《手術サンプルから、得られる genomic DNA および cDNA 等を一元的に保管・管理するシステムを構築し、情報を発信することは我々の社会的な使命と考えている》(下線は原告代理人)と、福島県立医大が一元的に保管・管理する「組織バンク」(以下、本組織バンクという)を構築すると明確に述べている点である。

(3)、本組織バンクの対象者の選定
 以上の目的に沿って、本研究計画書は、本組織バンクの対象となる「対象者の選定」について、次のように言う。
《研究期間内に当施設および協力施設に受診・入院した手術適応となる18歳以下の甲状腺癌患者のうち、研究参加の同意が得られたもの。‥‥協力病院については、対象者が発生した際に、計画変更申請にて、別個に追加する。》(下線は原告代理人。5頁「8 対象者の選定」25~29行目)
 すなわち、福島県内で発生した小児甲状腺癌の DATA 集積のためには福島県立医大が一元的に保管・管理するシステムを構築する必要があり、この一元的な管理システムを実現するために、本組織バンクの対象となる対象者は、当施設すなわち福島県立医大に限らず協力施設で手術を行なった甲状腺癌患者のうち同意を得られたものとし、さらに、もし従来の協力施設以外の施設で甲状腺癌患者の手術が行なわれる場合には、当該施設を新たな協力施設として追加申請して当該患者も対象者に含むこととして、福島県立医大が可能な限り、福島県内で発生した全ての小児甲状腺癌のDATA 集積を行なう体制を作ることとした。

(4)、一元的に管理する症例データベースの構築
 福島県立医大による本組織バンクの一元的な管理システムの実現は、言うまでもなく、18歳以下の甲状腺癌患者の症例データベースも福島県立医大により一元的な管理システムとして構築することを意味する。この点、本研究成果報告書は次のように明らかにしている。
《4.研究成果
①症例データベースの構築
2016 3 31 日現在、福島県立医科大学附属病院で手術を施行した症例は、128 例であった。腫瘍径、年齢、リンパ節転移の有無、病理組織学的所見などの情報を一元的に管理するデータベースを構築した。》(下線は原告代理人。以下、福島県立医大が一元的に管理する症例データベースを本症例データベースという。4枚目左段9~15行目)
 従って、本症例データベースに登録された全ての「悪性ないし悪性疑い」の症例数を公表することは、福島県立医大にとって言うまでもなく《情報を発信することは我々の社会的な使命》(甲C73本研究計画書5頁「7 研究の背景及び目的」21~22行目)の一環である。
 ここで注意すべきことは次の2つである。
1点目は、本症例データベースは、本組織バンクと異なり、《甲状腺癌患者のうち、研究参加の同意が得られたもの》という限定が付されていないことである。すわなち、本研究参加の同意の有無に関わらず、福島県内で発生した18歳以下の甲状腺癌患者は全てデータベース登録の対象とされる。従って、前記(3)で述べた通り、本組織バンクの対象者の選定は福島県立医大に限らず協力施設または協力施設以外の施設で手術した甲状腺癌患者全てを対象としたものであるから、これらの者の症例情報が全て本症例データベースに登録されることとなる。その際、甲状腺癌患者の同意なしに彼らの症例情報を本症例データベースに登録できるかという問題が発生するが、この問題は改めて論ずるとして、前記(1)に掲げた社会的使命を達成するためには、すなわち原発事故による健康被害の影響の有無を長期間にわたり注意深く検討していくためには、チェルノブイリ原発事故後に、ウクライナ、ベラルーシ、ロシア周辺3国で、原発事故の被災者のデータを全て登録し、一元的に管理するデータベースが作られてきたように[3]、福島原発事故においても一元的に管理された本症例データベースの構築は必要不可欠である。
2点目は、一元的に管理する症例データベースの構築にあたって、「二次検査では経過観察となり、診療中で甲状腺がんが診断された」場合の症例は除くといった例外を設けていないことである。福島県立医大のスタンスは、上記の通り、もし従来の協力施設以外の施設で甲状腺癌患者の手術が行なわれることが判明した場合には、当該施設を新たな協力施設として追加申請して当該患者を対象者に加えるというもので、一元的に管理する本症例データベースの構築をめざす以上、当然のことである。

3、小括

  以上の通り、福島県立医大は、福島県内で発生した18歳以下の甲状腺癌患者の情報を一元的に管理する本症例データベースを構築しており、従って、福島県は、福島県内で発生した18歳以下の甲状腺癌の「悪性ないし悪性疑い」の症例について、福島県立医大のみならず協力施設または協力施設以外の施設で手術した甲状腺癌患者の情報も把握しており、その際、「二次検査では経過観察となり、診療中で甲状腺がんが診断された」場合は除くといった例外を設けておらず、「経過観察」中に「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例の数も把握しており、言うまでもなく、これらの《情報を発信することは我々の社会的な使命》(本研究計画書5頁「7 研究の背景及び目的」21~22行目)である。
以上から明らかな通り、被告福島県の準備書面(10)の《被告福島県は、「『経過観察』中に『悪性ないし悪性疑い』が発見された症例の数は把握していない。》という主張は撤回すべきである。

第2、症例数を把握する義務の有無について

1、はじめに

  前回期日において、原告から被告福島県に対して「被告福島県は、『経過観察』中に『悪性ないし悪性疑い』が発見された症例数を把握する義務を負うのか」と問うたのに対して、(進行協議期日において、いったん「そのような義務はない」と答弁したものの、すぐあとの)口頭弁論期日において、「いかなる意味で義務を負うということなのか、明らかにされたい」と回答を保留した。
 よって、原告より、以下の通り、被告福島県には上記症例数を把握する義務があることを明らかにする。

2、本件は規制権限の不行使の事例ではないこと
 まず、被告福島県が「経過観察」中に「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例数を把握しないことは国家賠償法1条または民法709条の適用事例に該当する可能性がある。なぜなら、当該症例数を把握し、速やかに公表することにより、低線量被ばくの健康への影響に対する重要な知見を県民に提供し、無用な被ばくを避けて健康被害の悪化の防止という救済が可能になるのにそれを放置し、県民に健康被害の悪化という危害を加えたとされる可能性があるからである。
 とは言っても、本件はいわゆる公権力の「規制権限の不行使」の事例とは異なる。なぜなら、「規制権限の不行使」の事例とは例えば電力会社といった民間による被害発生の防止のため国家に対し規制が求められる場合に、その規制権限の不作為を理由とする国家賠償事件であるのに対し、本件はそのような民間による被害発生は存在せず、もっぱら公権力による被害発生だけが問題になるからである。従って、本件において裁量論や「権限の不行使が著しく不合理」といった議論は問題にならない。

3、民法の不作為不法行為の基本構造
  次に、国家賠償法の位置づけについて、民法不法行為法の特則という見解と民法不法行為法とは別の損害賠償制度という見解があるが、いずれの見解でも「国家賠償制度と民法不法行為法の制度とはその基本構造において類似する」と考える点で共通する。従って、以下では、民法の不作為不法行為の基本構造を手がかりにして、本件の不作為の基本構造を分析する。その際、分析の手引きとした論文が、不作為不法行為の基本構造に正面から本格的に取り組んだ橋本佳幸京大教授「責任法の多元的構造不作為不法行為・危険責任をめぐって」(2006年。以下、橋本論文という)である。

4、不作為不法行為の作為義務発生の根拠

(1)、作為義務発生の形式的根拠(法源)
 通常、不作為不法行為の作為義務発生の根拠として、法令、契約、条理慣習が挙げられる。しかし、これらはいわゆる形式的根拠(法源)であって、これだけでは、具体的な事例において、果して作為義務が発生するのか否かの判断を導き出すことはできない。そのためには、さらに、作為義務発生の実質的根拠を明らかにする必要がある。以下、これについて検討する。

(2)
、作為義務発生の実質的根拠
 作為義務発生の実質的根拠について、橋本論文によれば、基本的な出発点として《何らかの原因から法益侵害に向かう因果系列の関する作為義務の負担・ひいては不作為責任にリスクは、当該因果系列と不作為者との関係、すなわち両者の「近さ」の観点から割り当てるべきもの[4]》(橋本論文28頁)と考えることができる。
 そこで次に、この「近さ」を類型化する必要があるが、この点、ドイツの学説で検討されている不作為不法行為の類型化を参考にすれば、次のように、《この「近さ」の判断に関しては、()支配領域、()先行行為の観点を基準とすべきであろう》(橋本論文28頁)。すわなち、
①.支配領域の基準
 支配領域の基準とは、何らかの原因から法益侵害に向かう因果系列が存在する場合、当該法益が事実上、特定の者の支配領域内に存するときには、当該因果系列に介入すべき作為義務をこの者に割り当てるというものである。例えば、保育所で保育中の乳児が体調不良を起した時、保育所の保育士等の監護者は、自己の支配領域内に存する乳児の身体の侵害に関して、必要な救護・救助措置を講じてこれを阻止する作為義務が発生する。或いは、夏山合宿に参加中の高校生の山岳部員が体調不良を起した時、引率した教諭ら管理者は、自己の支配領域内に存する生徒の身体の侵害に関して、必要な救護・救助措置を講じてこれを阻止する作為義務が発生する。
 この場合、生命・身体など他人の法益を自己の事実上の支配領域内に有する者(以下、領域主体という)は、一方で当該支配領域に関して第三者による干渉を排除していて、第三者が当該支配領域に入り込んで当該法益の侵害を阻止することは不可能であり、他方で、当該支配領域にあるため、当該法益の主体自身(以下、法益主体という)によって当該法益の侵害を阻止することも制約されているから、それゆえ、領域主体は、おのれの支配地域内の他人の法益を、第三者や法益主体に代わってその安全を確保するように要請される、すなわち他人の法益が侵害されないように、自己の事実的支配を行使して当該法益を侵害から保護すべき作為義務を負うからである。

②.先行行為の基準
 先行行為の基準とは、特定の者が自らの行為(先行行為)によって直接に当該行為から法益侵害に向かう因果系列を設定したときには、後の段階で当該因果系列に介入すべき作為義務をこの者に割り当てるというものである。例えば、それ自体として危険な物・場所が原因となって他者の身体を侵害する危険性のある事故が発生した場合、当該物・場所の管理者は必要な管理措置(とりわけ監視・隔離措置)を講じて身体への侵害を阻止する作為義務が発生する。
 この場合、先行行為者は、いわば自己の先行行為に対する責任として、自己の先行行為から他人の法益の侵害に向かう因果系列について、他人の法益の安全のための作為義務を負わねばならないからである。
 この先行行為の基準が実際上意味を持つのは、先行行為それ自体について作為不法行為責任を肯定することができない場合(つまり行為義務違反または有責性を欠く場合)であっても作為義務として取り上げることができる点にある。

(3)
、本件への適用
 本件において、県民健康調査の甲状腺検査(以下、本甲状腺検査という)の対象は原発事故当時福島県内に住む約38万人の18歳以下の子ども全員(以下、本件子どもらという)であり、チェルノブイリ原発事故の教訓に基づき、放射能に対する感受性が高い彼らは低線量被ばくによる健康被害の危険性が最も高いとして甲状腺検査の対象とされたものである。
①.支配領域の基準
 本件子どもらを対象とした本甲状腺検査は、甲状腺癌の症例数など低線量被ばくの健康への影響の有無を判断する上できわめて重要な情報(以下、本情報という)を提供するものである。本情報は本甲状腺検査を主催する被告福島県が保有しており被告福島県の支配領域内にあるため、第三者の国、他の自治体、民間の医療機関が被告福島県に代わって、本情報を提供し放射能から本件子どもらの健康を守ることは不可能である[5]。言うまでもなく、本件子どもらとその保護者も自ら、本情報を取得し放射能から本件子どもらの健康を守ることは不可能である。従って、第三者や法益主体である本件子どもらに代わって本件子どもらの健康を確保するように要請されるのは被告福島県であり、すなわち被告福島県は放射能により本件子どもらの健康が侵害されないように、自己の事実的支配を行使して甲状腺癌の症例数などの本情報を本件子どもらと保護者に提供すべき作為義務を負う。その際、本情報提供にあたって、「二次検査では経過観察となり、診療中で甲状腺がんが診断された」場合の症例数を除外することを正当化するに足りるだけの合理的な理由は存在しない。
②.先行行為の基準
 本来、県民健康調査を行なう第一の責任は国にある。なぜなら、国は原子力発電所建設を国策として率先して推進してきた者である以上、福島原発事故の発生に対して被災地住民の保護を引き受ける責任があり、それゆえ、国はこの自己の先行行為に対する責任として、被災地の住民の健康被害に対しても《原因の明らかでない公衆衛生上重大な危害が生じ、又は生じるおそれがある緊急の事態への対処に関すること》(厚生労働省設置法4条1項4号)を所掌事務とする厚生労働省が実施主体となって県民健康調査を行なうという作為義務があるのは当然であり、さらに、県民健康調査の中で判明した本情報を本件子どもらと保護者に提供すべき作為義務を負うのも当然である。
 それゆえ、現在、被告福島県が実施中の県民健康調査は、福島県内で発生した原発事故に対して「住民の福祉の増進を図る」(地方自治法1条の2第1項)ことを存立の基本とし、なおかつ福島第一原子力発電所の建設に同意した福島県がその責任を果すために実施しているものであるが、同時に、県民健康調査は、上記の通り、先行行為に基づき県民健康調査を行なう作為義務を負う国からの委託に基づいて被告福島県により実施されているものである。
そうだとすれば、被告福島県は、県民健康調査の中で判明した甲状腺癌の症例数などの本情報を本件子どもらと保護者に提供すべき作為義務を負う国からの委託に基づいて、本情報を提供すべき作為義務を果す必要がある。この場合でも、本情報提供にあたって、「二次検査では経過観察となり、診療中で甲状腺がんが診断された」場合の症例数を除外することを正当化するに足りるだけの合理的な理由は存在しないのは言うまでもない。

5、本件子どもらの知る権利に対応した国らの情報提供義務

 以上が、橋本論文を手引きとした本件における作為義務発生の根拠の検討であるが、なお重要な問題が抜けている。それは、本件子どもらに保障された「知る権利」の実現である。言うまでもなく、本件子どもらは己の生命、身体を侵害されないという人格権を有するばかりか、福島原発事故の発生に対して、己の生命、身体が侵害されないように、侵害防止に必要な情報を原発事故発生をもたらした者たち(東京電力株式会社、国、福島県など)に対し提供を求める権利、すなわち知る権利を有している。そもそも本件子どもらは福島第一原子力発電所の建設に対して法律的にも、また(成人の福島県民と異なり)道義的にも一点の責任もない。彼らは百%いわれのない理由で原発事故による健康被害の危険性という不安の中に陥れられたのであり、彼らを放射能による健康被害から救済するために必要なあらゆる情報を彼らに提供することは、無条件に、本件子どもらに保障された「知る権利」であり、情報を保有する国、福島県らに課された無条件の義務である。

6、小括

以上の通り、本件では、作為義務を実質的に根拠付ける「支配領域の基準」によっても、また「先行行為の基準」によっても、被告福島県が県民健康調査の中で判明した甲状腺癌の症例数などの本情報を本件子どもらと保護者に提供すべき作為義務を負うことは明らかであり、その際、「二次検査では経過観察となり、診療中で甲状腺がんが診断された」場合の症例数を除外することを正当化するに足りるだけの合理的な理由は存在しないことも明らかである。
 そうだとすれば、被告福島県が甲状腺癌の症例数などの本情報を提供するという作為義務を負う以上、その前提として、被告福島県に、「経過観察」中に「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例数を把握する義務があることは明らかである。尤も、前記第1で明らかにした通り、現状では、被告福島県は4年前から本症例データベースを構築しており、前記症例数も本症例データベースに登録済みであり、前記症例数を把握するという義務はしっかり履行している。被告福島が履行していないのは、把握しているにも関わらず前記症例数を本件子どもらに提供することである。

第3、求釈明

 以上を踏まえて、改めて、被告福島県に対し、次の事実について明らかにするよう求める。
①.直近の時点で、「経過観察」中に「悪性ないし悪性疑い」が発見された症例の総数。
②.本研究計画書(甲C73の2)5頁「8 対象者の選定」の「協力施設」及び「協力病院」について
 (1).協力施設の全ての名称
 (2)、直近の時点で、協力施設から連絡のあった手術適応となる18歳以下の
 甲状腺癌患者の各協力施設ごとの総数。
 (3)、別個に追加した協力病院の全ての名称
 (4)、直近の時点で、協力病院から連絡のあった手術適応となる18歳以下の
 甲状腺癌患者の各協力病院ごとの総数。
③.本研究計画書2頁「4 データベースへの登録の必要性」で、「不要」を選択した理由。
以 上


[1] 研究課題名は「小児甲状腺がんの分子生物学的特性の解明」(C73)、「若年者甲状腺がん発症関連遺伝子群の同定と発症機序の解明」(C74
[2]研究課題名は「小児甲状腺がんの分子生物学的特性の解明」(C75
[3] ウクライナではウクライナ国立記録センターで、チェルノブイリ事故被災者236万人のデータがデータベースに登録され、一元的に管理されている。その様子は20139月23日放送のNHK・ETV特集「シリーズ チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告「第2回ウクライナは訴える」で紹介された。
[4] この「近さ」に着眼する見解は、1980年代から刑法学で有力に主張されてきたものである。その例として、西田典之「不作為犯論」(1988年)、佐伯仁志「保障人的地位の発生根拠について」(1996年)。
[5] 実際上、2012年1月16日、当時、「県民健康管理調査」検討委員会座長の山下俊一福島県立医大副学長と鈴木眞一福島県立医大教授は、日本甲状腺学会会員宛に、本甲状腺検査を受けた福島県の子どもたちのうち5mm以下の結節や20mm以下ののう胞が見っかった者の親子たちが、セカンドオピニオンを求めに来ても応じないように求める文書(甲C76)を出し、福島県による排他的、一元的な甲状腺検査体制の確立を図った。

被告福島県の準備書面(11)の3頁
 

2017年10月17日火曜日

福島県民健康調査の甲状腺検査のスキーム(仕組み)

福島県民健康調査の甲状腺検査のスキーム(仕組み)は、以下の図の通りです。
一次検査でBまたはC判定の者は二次検査(精密検査)を受けるが、二次検査の結果、治療(手術等)が必要とされない者は「経過観察」とされ、通常の保険診療に移行するとされています。


2017年10月3日火曜日

【New】中間報告(2):【チェルノブイリ法日本版】伊勢市条例(柳原案バージョン2)(2021.2.7)

 217年10日、チェルノブイリ法日本版条例のモデル案(柳原)の版(バージョン については->こちら

以下は、今、私たちのグループで検討しているチェルノブイリ法日本版条例のモデル案について、1つの草案です。初版で予告したとおり、このたび、第2版にバージョンアップしたので、これを公表します。

第2版に関して作成した文書の一覧(目次)は->こちら
そのPDFは
->こちら)。下線部分が改訂箇所です。
・改訂箇所がどこかは->こちら改訂理由についての解説は->こちらまで。
・改訂の全文は->こちら

なお、ここでは条例のイメージを実感してもらうため、「伊勢市」という具体的な自治体の名前を出しましたが、皆さんが参考にする時には、自身が住む市町村の名前に置き換えて下さい。

以上、まだ私案ですが、皆さんの参考にしていただけたら幸いです。

                                                                               柳原 敏夫
なお、その解説も できるだけ早期にアップします

  【チェルノブイリ法日本版】伊勢市条例案(柳原案)の解説(準備中).

   ************************

               【チェルノブイリ法日本版】伊勢市条例(柳原案バージョン2)

                                                【前 文】

伊勢市民は、全世界の市民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに健やかに生存する権利を有することを確認し、なにびとといえども、原子力発電所事故に代表される放射能災害から命と健康と生活が保障される権利をあることをここに宣言し、この条例を制定する。

他方、原子力発電所等の設置を認可した国は、放射能災害に対して無条件で加害責任を免れず、住民が放射能災害により受けた被害を補償する責任のみならず住民の「移住の権利」の実現を履行する責任を有すると確信する。その結果、この条例の実施により伊勢市が出費する経費は本来国が負担すべきものであり、この点を明らかにするため、国は、すみやかに地方財政法10条17号、同法28号に準ずる法改正を行なう責務を有すると確信する。

加えて、放射能災害に対して無条件の加害責任を負う国は、事故が発生した原子力発電所等の収束に従事する作業員に対しても、放射能災害により被害を被った住民と同様、当該作業員が放射能災害により受けた被害を補償する責任のみならず当該作業員の命・健康を保全する責任を有すると確信する。

もっとも、今日の原子力発電所事故の巨大な破壊力を考えれば、この条例の制定だけで放射能災害から伊勢市民の命と健康と生活を保障することが不可能であることを認めざるを得ない。したがって、私たちは、三重県の自治体、さらには日本の全自治体に対して、各自治体の住民の名において、この条例と同様の条例を制定すること、さらにはこれらの条例の集大成として、日本国民の名において同様の日本国法律を制定することを呼びかける。

さらに、原子力発電所事故が国境なき過酷事故であることを考えれば、わが国の法律の制定だけで放射能災害から日本国民の命と健康と生活を完全に保障することが困難であることも認めざるを得ない。したがって、私たちは、この条例制定を日本のみならず、全世界の自治体、各国に対して、原子力発電所を有する世界の住民の命と健康と生活が保障する自治体の条例、法律の制定を呼びかける。

この呼びかけが放射能災害から全世界の市民の命と健康と生活を保障する条約を成立させるための基盤となることを確信する。
伊勢市民は市の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

                    第1章 総則

第1条 (条例の目的)
この条例は、原発事故その他の放射能災害の発生から伊勢市の住民及び事故収束作業員の命、健康及び暮らしを守ることを目的とする。

第2条 (定義)
この条例において、次の各号に掲げる用語の定義は当該各号に定めるところによる。
「放射能災害」とは、原子力発電所事故など、放射性物質が施設外に大量に放出される事故
をいう。
「事業者」とは、原子力発電所等を所有し、放射能災害を発生させた事業者をいう。
③「放射能汚染区域」とは、放射能災害で放出された放射性物質により汚染された区域のことをいい、その区分は第8条に定めるものとする。
④「汚染区域住民」とは、放射能汚染区域に住居を定め、居住する市民をいう。
「事故収束作業員」とは、被ばくする場所で、放射能災害の収束に関わるあらゆる作業に従事する者をいい、その具体的な内容は第9条に定めるものとする。
⑥「放射能災害被災者」とは、放射能災害発生時に伊勢市に住民票を有し、放射能汚染区域に住む住民及び放射能災害発生時に伊勢市に住民票を有する事故収束作業員をいう。
⑦「移住の権利」とは、移住権利区域に居住する住民が有する第11条第2項に定める被ばくにより発生した損害賠償及び社会的支援を受ける権利をいう。

「残留の権利」とは、移住権利区域に居住する住民が有する、第12条第1項に定める被ばくにより発生した損害賠償及び社会的支援を受ける権利をいう。

「安全の権利」とは、放射能管理強化利区域に居住する住民が有する、第13条に定める社会的支援を受ける権利をいう。
⑩「避難の権利」とは、放射能災害発生直後の緊急避難
(帰還を前提とする一時的な移転を意味する)に関して、移住権利区域に居住する住民が有する、第14条に定める社会的支援を受ける権利をいう。
⑪「生存の権利」とは、放射能災害発生時に伊勢市に住民票を有する事故収束作業員が有する、第15条に定める被ばくにより発生した損害賠償及び社会的支援を受ける権利をいう。
事故周辺区域とは、放射能災害発生の周辺区域で、事故発生後速やかに区域の範囲を規則で特定するものをいう。

第3条(基本理念)
放射能災害被災者となった伊勢市の市民は、移住の権利、残留の権利、安全の権利、避難の権利および生存の権利を有する

第4条(救済の差別的取扱いの禁止)
法の下の平等を定めた憲法14条を踏まえ、放射能災害から人々の命と健康を救済するにあたっては、伊勢市の市民はひとしく扱われなければならない。

第5条 (影響を受けやすい人への配慮)
放射能災害から人々の命と健康を救済するにあたっては、放射能による影響を受けやすい胎児、子どもの命・健康が守られることを配慮して行われなければならない。

第6条 (予防的取組方法)
放射能災害から人々の命と健康を救済するにあたっては、1992年のリオデジャネイロ宣言を踏まえ、完全な科学的証拠が欠如していることをもって対策を延期する理由とはせず、科学的知見の充実に努めながら対策を講じる方法(予防的取組方法)にのっとり、適切におこなわれなければならない。

第7条 (すべての関係者の参加)
放射能災害が国難であることを踏まえ、放射能災害から人々の命と健康を救済するにあたっては、放射能災害に係るすべての関係者による積極的な参加のもとに行われなければならない。
 
第8条 (放射能汚染区域の区分)
放射能災害発生後いつの時点かを問わず、追加被ばく量(外部被ばくと内部被ばくの合計)の値または土壌汚染の3種類の値のいずれが以下に定める値を該当した放射能汚染区域を以下の定めに従い区分する。

区分
区分名
土壌汚染密度(kBq/m2
年間追加被ばく量
mSv/年
セシウム137
ストロンチウム90
プルトニウム
移住義務区域
国の定めるものに拠る。
移住権利区域
185以上
5.55以上
0.37以上
1以上
放射能管理強化区域
37~185
0.74~5.55
0.185~0.37
0.5以上

第9条 (事故収束作業員)
1 事故収束作業員は次の各号のいずれかに該当する者をいう
①.事故収束作業員として従事した結果、健康被害が発生し、当該被害と収束作業との因果関係が確定した者。
②.従事の時期が次の場合に応じて、事故周辺区域で以下に定める作業日数を満たす者。
放射能災害発生後3ヶ月間までの間:作業日数を問わない。
放射能災害発生4ヶ月後から1年経過するまでの間:5日以上作業に携わった者。
放射能災害発生1年後から2年経過するまでの間:14日以上作業に携わった者。
③.従事の時期が次の場合に応じて、事故周辺区域で以下に定める作業日数を満たす者。
放射能災害発生4ヶ月後から1年経過するまでの間:1~4日作業に携わった者。
放射能災害発生1年後から2年経過するまでの間:13日以下作業に携わった者。
放射能災害発生2年後から4年経過するまでの間:30日以上作業に携わった者。
2 放射能災害発生から一定年数が経過するまでの間、住民設備建物の除染作業に14日以上携わった者は第1項3号の事故収束作業員とする。一定年数の数は事故発生後速やかに規則で特定する。

                   第2章 放射能災害被災者の権利
 
第10条 (総論)
1 放射能災害発生時に伊勢市に住民票を有し、移住権利区域に住む住民は、汚染状況及び被ばくによる健康影響について国及び伊勢市から与えられた情報に基づいて、当該区域に住み続けるかそれとも移住(帰還を前提としない移転)するかを自ら決定する権利を有する。
2 第1項の場合において、移住を選択した住民は、第11条に定める移住の権利を有する。

3 第1項の場合において、残留を選択した住民は、第12条に定める残留の権利を有する。

4 放射能災害発生時に伊勢市に住民票を有し、放射能管理強化区域に住む住民は、第13条に定める安全の権利を有する。


第11条 (住民が移住を選択した場合の権利)
1 第10条の場合において、住民が移住を選択するにあたっては、次の条件を満たすことが必要である。
①.移住について、未成年者を除き、世帯全員が同意すること。
②.移住先が第8条に定める区分1から3の「放射能汚染区域」でないこと。
2、第10条の場合において、移住を選択した住民は以下の権利を有する。その詳細は規則で定める。
①.引越し費用の支給
②.移住先での住宅確保・就労支援
③.移住元の不動産・家財・汚染した生産物(魚も含む)の損失補償
④.医療品の無料支給
⑤.健康診断・保養費用の7割支給
⑥.被災者手帳の交付
⑦.年金の優遇
3 前項の権利は特段の理由がない限り、1回の移住にしか適用されない。

第12条 (住民が残留を選択した場合の権利)
1 第10条の場合において、残留を選択した住民は以下の権利を有する。その詳細は規則で定める。
①.治療の無料化
②.医療品の無料支給
③.健康診断・保養費用の7割支給
④.汚染した生産物(魚も含む)の損失補償その他の生活支援
⑤.被災者手帳の交付
⑥.「放射能食品管理課」等必要な部署を設け、放射能による食物・水道水の汚染を検査し、無用な被ばくをさせない。
⑦.年金の優遇
2 第1項の残留を選択した住民がのちに移住を選択する場合には第11条が適用される。

第13条 (放射能管理強化区域に住む住民の権利)
放射能災害発生時に伊勢市に住民票を有し、伊勢市の放射能管理強化区域に住む住民は、以下の権利を有する。その詳細は規則で定める。
①.医療品の無料支給
②.健康診断・保養費用の5割支給
③.被災者手帳の交付
④.「放射能食品管理課」等を設け、放射能による食物・水道水の汚染を検査し、無用な被ばくをさせない。
⑤.年金の優遇

第14条 (放射能災害発生直後の住民の権利)
1 伊勢市は放射能災害発生と同時に、予め編成した緊急事態対策課及び有識者による緊急事態判定委員会を直ちに始動させ、同委員会に速やかに本条第2項に定める判定を行なわせるものとする。

2 第1項の場合において、緊急事態判定委員会が国及び伊勢市から与えられた情報に基づいて、伊勢市の全域または一部が第8条に定める移住権利区域に該当すると判定した場合、当該区域に住む住民は、以下に定めるほか避難に必要な措置を求める権利を有する。その詳細は規則で定める。
①.自身とペット(事前登録要)に安定ヨウ素剤の事前配布
②.緊急時の放射能影響予測ネットワークシステムの情報提供

③.バス等の移動手段の提供

④.防護用マスク、カッパなど防護装備の提供

⑤.避難先の住居・食料・衣類・薬の提供
3 (削除)

第15条 (事故収束作業員の権利
放射能災害発生時に伊勢市に住民票を有する事故収束作業員は、以下の権利を有する。その詳細は規則で定める。
①.医療品の無料支給
②.健康診断・保養費用の減免
③.住環境の改善・支援
④.公共料金・公共交通機関の減額
⑤.有給休暇・解雇・異動時の優遇
⑥.被災者手帳の交付
⑦.年金の優遇

第16条 (予算措置)
次の2案を併記する。
(第1案)
1 この条例の実施により伊勢市が経費を出費した場合、伊勢市は、放射能災害発生の原因となった原子力発電所等の設置者及び設置許可したに対して、当該経費の求償権を有する。
2 伊勢市は、この条例の実施により伊勢市が出費する経費に充てるため、前項に定める原子力発電所等の設置者及び設置許可したに対して、法定外目的税を課するものとする。その詳細は別途条例で定める。

(第2案)
1 この条例の実施により伊勢市が経費を出費した場合、伊勢市は、放射能
災害発生の原因となった原子力発電所等の設置者、設置許可した国及び設置に同意した者に対して、当該経費の求償権を有する。
2 伊勢市は、この条例の実施により伊勢市が出費する経費に充てるため、前項に定める原子力発電所等の設置者
、設置許可した及び設置に同意した者に対して、法定外目的税を課するものとする。その詳細は別途条例で定める。

第17条 (汚染状況の測定及び公表)
 伊勢市は、放射能災害が長期にわたるカタストロフィーであることにかんがみ、正確な汚染状況を把握するため常時、汚染の測定に努め、測定結果を直ちに市民に公表する。

第18条 (委任)
この条例に定めるもののほか、この条例の実施について必要な事項は、規則で定める。

附 則
(施行期日)
1 この条例は、   年  月  日から施行する。